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【読書】 デス・ゾーン8848M―エヴェレスト大量遭難の真実 / アナトリ・ブクレーエフ

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★★★★★<5段階評価>

1996年に起きたエベレストでの大量遭難。
その時、ガイドとしてマウント・マッドネス隊の遠征に参加したロシア人登山家・アナトリ・ブクレーエフ氏の著書。
ライター(主に人権問題を扱う)のG・ウェストン・デウォルトがブクレーエフ氏や関係者に取材をして書いた部分と、ブクレーエフ氏本人の言葉で書かれた部分とで構成されている。

この遭難事故の直後に出版されたジョン・クラカワー氏の『空へ』を読んだなら、本書もセットにして読むべきである。
なぜなら、『空へ』では、ブクレーエフ氏はガイドとしての役目を十分に果たさなかったと批判気味に書かれていたが、本書はそれに反論する意味も込められたものだからである。

ブクレーエフ氏がマウント・マッドネス隊のスコット・フィッシャーに依頼されて隊に参加するまでの経緯、登山を開始してからのメンバーや他の隊の様子、遭難事故が発生してからのブクレーエフ氏の行動、その後のマスコミ対応やジョン・クラカワー氏との問題、翌年にエベレストへ戻ってスコットと難波さんの遺体を埋葬したときのことなどが詳細に語られている。

本来なら人間が生存不可能な環境下で起きた事故である。
ブクレーエフ氏のマウント・マッドネス隊もジョン・クラカワー氏のアドベンチャー・コンサルタンツ隊も、それらに参加した人のほとんどが遭難状態にあって、命からがらテントに戻って来た人には救助に行けるだけの体力は残っていなかった。
そんな中、唯一体力に余裕があるように思われたブクレーエフ氏はほかの助けを得られないままブリザードの中に救援に向かい、自分の隊の顧客の命を救う。
これは自分の命を危険に晒す行動であり、賞賛されるべきである。
スコット・フィッシャーとロブ・ホール、2つの隊のそれぞれの隊長であり実力のあった登山家二人が死に、ブクレーエフ氏は生き残った。
もしこの時ブクレーエフ氏も死んでいたならこれほど非難はされなかったのかもしれない。
彼が生き残ったことで非難の対象になったのなら、それはあまりにもひどい話だと思う。
彼が生き残れたのは、パニックに陥りそうな自分を冷静に抑えることができた強靭な精神力と、経験豊富な登山の知識があったからである。

事故の翌年、ブクレーエフ氏はエベレストに戻ってスコットと難波康子さんの遺体を埋葬する。
遺体の周辺に散らばっていた遺品を持って下山し、カトマンズで遺品を届けてくれそうな日本人を探す。
そこで偶然にも難波さんの夫・賢一さんと付き添いの貫田宗男さん(イッテQ登山部の隊長)と出会う。

さらにその翌年の1997年、ブクレーエフ氏はアンナプルナで雪崩遭難死する。
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by wakabanokimochi | 2015-12-23 14:44 | 読書 | Trackback | Comments(0)